カテゴリー「音楽・アートの感想」の記事

2014年2月23日 (日)

浅田真央さんのフリースケーティング - ソチ五輪

多くの人が、ソチ・オリンピックの浅田真央さんのフリースケーティングに涙を流したことと思う。我ながら50過ぎて、夜中にスケートを見て涙を流すとは思わなかった。ロシアの選手やキムヨナ選手の滑りから、美しさや流麗さ、テクニックを感じても、ここまで魂を揺さぶられる思いはしなかった。

これはなんなのだろう。翌日になっても繰り返し録画を見ては(見させられては)、ネットに答えを探し、知ったのは、浅田選手の滑ったこのプログラムは、他の女性スケーターには到底まねの出来ないものだったということだ。事実上、このプログラムを再現できるのは世界で浅田さん一人なのだそうだ。であるにも関わらず、得点としては、それほどあがらないようになっているのは、任意性のまさる採点システムのためだ。また、浅田選手が誰よりも練習する努力家であるとか、誰のことも悪し様に言うことがなくつねに人のことを気にかける人柄であるとか、人となりにまつわる多様なエピソードが出てくるのだが、そうした人間性について無知であってもこの滑りから伝わるただならぬ雰囲気は看取できたのではないかと思う。なんとなくだが、浅田選手がやりとげたのは、ちょっと次元の違うことだということを感じるのだが、それがどのように優れているのかはなかなか分からなかった。

ネットの中をうろつく中で、勝ち負けなんてどうだっていい、メダルなどもはやオプションだという趣旨の意見を何度か見た。僕もそう思った一人だ。もちろん、無関係者ながら、金をとらせてあげたいと思っていたわけだし、期待しながら見ていたのは確かなのだが、何と言うか、浅田さん自身はそのこだわりをとうに振り切っているように強く感じられた。もちろん、専門家としてあの状況でメダル獲得がほぼありえないことは理解できていただろうから、頭を切り替えて異なる目標達成に集中したということなのかもしれない。しかし、長く、浅田選手のスケーティングを楽しみに見てきたのは、いつかオリンピックで金メダルを獲得するというテーマ、文脈にそってであることは否めないし、本人もそのストーリーに忠実に演技してきたはずだとは言えるのではないか。前日のショート・プログラムでそうした応援者の身勝手かもしれない期待は弾け飛んでしまったが、浅田選手自身が、その弾け飛ぶ期待とともに自身の目標を失ってもおかしくないところで、むしろ本来の自分を取り戻しバンクーバー以降のもやもやしたものを吹き払ってしまったように思うのだ。そして、実際に、浅田選手は、これまでにない鬼気迫る演技で、すべてのジャンプをほぼ完全にこなしてみせた。

演技のあとのインタビューでは、浅田さんは、しきりに応援してくれた人への恩返しというようなことを言った。応援している方からみると、勝手な期待と重圧をかけただけで、どのような恩も感じてもらういわれがないと思うから、これは違和感があって仕方なかった。日本的な奥ゆかしさなのか、気遣いなのか分からないが、スケート界であれ、実業界や政府であれ、メダル候補者への期待のかけ方はまったく一緒で、みんな勝手な期待をかけて、勝手に浅田さんのイメージにあやかり、むしろ自分たちの利益に利用してきたのは周囲の方だといっても間違いではあるまい。もちん、スポンサーから金も出るしサポートもあるだろうけど、だいたいは計算づくだ。

採点基準にまつる曖昧さについていろいろ指摘されていることは、おそらく間違いないだろう。基礎点だけなら浅田選手がフリースケーティングで一位だった採点結果を知ると、その採点システムこそが、浅田選手が金メダルを獲得するのを拒んできた張本人であるという気がしてくる。実際、浅田選手にとってはあらかじめ得点が伸びないように考慮された採点システムであるような説明すらなされている記事をみかけるし、いずれもそれなりの説得力がある。他のスポーツでも、日本の選手が得意な競技や種目で、国際大会で日本が勝利を続けている場合、ルールが日本に不利に変更されるという話はしばしば耳にする。これを陰謀だとか買収だとか言う人もいるけど、技術分野での標準化委員会や経済分野での国際会議などでも同じで、要するにそうした国際的な駆け引きの場での日本の発言力や交渉力の弱さが原因だろう。語学力、外交力、コミュニケーション能力、交渉力などを欠いた人材がそうした場に出て行っている場合は、日本有利なルールを守りようも無い。浅田選手も、そうした度重なるルール変更の影響で苦労してきたことはテレビ報道などでも知らなくはなかったが、実際、ルール変更の頻度や内容を知ると、日本のスケート連盟はいったい何をしていたんだと言いたくなるくらい、浅田選手に不利な内容となっていて、ちょっと驚くのである。もちろん、僕が読んだ記事に書かれていたことが、ほんとうにそのとおりかどうかは分からないが、テレビ観戦していて感じる限り、たとえばキムヨナ選手のフリープログラムが浅田選手よりも高得点であるのはちょっと理解しがたい。キムヨナ選手の滑りも、なんというか安定した美しさのようなものがあって決してレベルが低いわけではないのだろうけど、スケートの技として見れば、ごく無難な技しか繰り出していないような印象がどうしても残る。それでも差がつくのは、インプレションからの上積みと構成点だそうだが、そこがまさしく採点上のグレーエリアで、これについては素人は何も言えない訳だが、納得がいく理解ができないことだけはもう事実だとしか言いようが無い。

そのグレーな領域について考えをめぐらしている時に思い至ったのは、それらのグレーゾーンを越える演技を提供することで、採点システムのあいまいさ自体を乗り越えようとした浅田選手の強い意志なのだ。浅田真央さんは、そんなグレー領域の一点二点のやりとりを考えて演技を構成するのではなくて、誰にも出来ない演技に正面から取り組み、それを乗り越えることで自分自身のスケートに新しい次元を開くことを選択したのだと。これが、グレーな採点システムに対する魂のこもった根底からの否定、無言の抗議(当人は露程もそんなことを思ってないでしょうが)でなくてなんだろう。ゴッホは、最期の手紙で、画家は結局のところ絵に語らせることしかできないのだ、とテオに書き送っている。浅田選手は、自らのスケーティングで、フィギュア・スケートの不確かな採点システムや気まぐれなジャッジたちを無言の内に否定し、真のスケーターの歩むべき道を昂然と指し示したのではなかったろうか。あの演技を見た直後に、もうメダルなんかどうだっていいと多くの人が感じたのは、きっとそういうことだったんだろうと僕は思う。

エキシビション後のインタビューで、ソチ五輪の印象を聞かれた浅田さんは、「バンクーバーもあわせて」最高の五輪だった、といったことを答えていたように思う。それはもう終わったことだ。彼女は少なくともそう考えている。もうオリンピックに彼女が戻ってくることは無いだろうと思う(戻ってきてほしいですけどね)。それだけの覚悟であの場に立ったことがよく分かるインタビューだった。

僕たちが、世界最高の競技者と同時代に同じ国に生きていることを本当に幸いに思う。最終グループの選手たちの演技もすばらしかったが、浅田選手の演技は、それらと異なる次元で輝いている。浅田真央さんは、たとえ審判の採点に不満でも、言葉に出して誰かを非難したり否定したり決してしないだろう。多分、心の中ですらそんなことはあまり思わないのではないか。だからこそ、彼女の演技の前では、すべてのスケート関係者はひれ伏さなければならなくなる。その滑りは、本質のみを示し、すべての雑音を消し去るとても大きな力をもっているからだ。おそらくは、無我夢中でやってきた結果なのだろう。その結果、その光があまりにもまばゆいので、スケートとはほとんど何も関係ないわれわれなんかも涙を流してしまうというわけだ。『はじめの一歩』ではないが、久しぶりにいいものをみせてもらった。また明日から仕事がんばろってな感じで。

浅田さんありがとう。世界選手権も楽しみだ。 (2/27/2014 加筆)

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2013年8月24日 (土)

『ザ・フー:アメイジング・ジャーニー』

そのぶっこわすThe Whoのヒストリーをまとめた映画を見た。hulu ありがと。

実は、ピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーの馬面が好きじゃなくて、モンタレーの衝撃の後も、あまりのめりこむことなく聞いて来た感じなのだけど、ロックを聞き始めた頃は、丁度『トミー』の映画が公開されて、エルトン・ジョンの『ピンボールの魔術師』がヒットしたりしていた。少しして出た『Who Are You』は評判こそそこそこだったけど、一応現役ばりばりの感じではあった。ただ、小野洋子と別居中のジョン・レノン、リンゴ・スター、ニルソンなんかと飲み歩いているニュースは音楽雑誌にも出ていて、なんとなく破滅的な人生を送っているような感じだったキース・ムーンが78年に死んだ時には、もうバンドは解散すると思ったものだ。リズム音痴が言うことなので無視してもらえばいいのだけど、当時、僕の中ではキース・ムーンこそベスト・ロック・ドラマーで、次いでジョン・ボーナム、あとはいっしょみたいな感じだったのだ。代わりはいないんじゃないかと生意気にも思った。後に、ケニー・ジョーンズが加入してツアーを行っているのを知った時には、バンドがビジネスのために妥協したように思ったものだ。それからしばらくは関心ないままで、随分たって80年代になってから『Face Dances』を聞いたときには、そんなに悪くないじゃんと思ったりしたものの、それきりの感じ。実際、The Who自体、キース抜きではどうも盛り上がらない感じだったみたいなのは、このビデオでもわかる。ジミ・ヘンドリクスの演奏はリミッターを外した感じと書いたけど、キース・ムーンがまさにそうなのだ。でも、実はいちばんよく聞いたフーのアルバムは、ケニージョーンズがドラムを叩いている『Who’s Last』というライブだったりする。今調べたら、AMGの評価はよくないけど、こんなもの信用するな。これはThe Who入門としてもいいアルバムだと思う。

この映画は、2007年公開で、ベーシストのジョン・エントウィスルの死後の公開なので、彼の死後のこされた二人の絆がよりつよくなったみたいなところで終わるのだが、インタビューに答えるロジャー・ダルトリーがとてもいい顔をしている。ロバート・プラントは、若いときのきれいな顔からは想像もつかない人相になってしまったけど、ロジャーはなんだかとてもナチュラルな歳の取り方をしている気がする。The Whoの曲はほとんどピート・タウンゼントが書いているし、サウンドもピートのギターによるところが大きいと思うのだけど、ピート本人はどうも好きになれないのだが、実はギターのスタイルも曲もぜんぜん嫌いじゃなかったりする。でも一方で、どこか突き抜けた魅力みたいのは薄くて、そういえばフーもあったな、という感じの立ち位置にいるバンドだと思う。ビートルスみたいに強烈に耳に焼き付くメロディやコード進行とかとは無縁だけど、ギターのリフやバンド全体のバランスなんかは今のイギリスのバンドに結構おおきな影響与えている。というよりも、ビートルズやストーンズはもとよりレッド・ツェッペリンにもなれないバンドもザ・フーにはなれそうな気がする面がきっとあるはず。

アメリカの犯罪ドラマ、CSIのテーマ曲で使われたりしているように、今は、なんとなくアメリカの知識層にも受け入れやすい(元々、ピートの文学趣味もあるし)面があって、デッドもフーもなんとなくロックの「スピリット」のいけるところまでいった形として結局ジミヘンの言う体制に回収されるところまでいって終わった感じがある。ストーンズみたいに、自分自身が体制そのものみたいなバンドは例外だ。そう、これは終わったストーリーだ。懐古趣味のロックじじい以外にはあまり見られることもないだろう。でも、僕にとっては、イギリスの三大バンドのひとつ。あのロック・オペラは退屈だけど。もともとオペラ嫌いだし。ただ、ロック・ギター始めるならピートのコピーから始めるのが手っ取り早い。僕はやってないけど、これは確かだと思う。時代時代の演奏シーンも多い。ロックキッズは こういうのもたまには見てみたらいいと思う。


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2013年7月27日 (土)

『Original Jacket Collection - Rubinstein Plays Chopin』

特にショパンが好きなわけでもないのだけど、このボックスセットは、昨年、確か1500円くらいで中古屋で見つけたので、これはお得とすぐに購入した。オリジナルの紙ジャケット10枚組。ただ、2枚組が含まれるので、8アルバム分の勘定。

Disc1&2 ノクターン

Disc3&4 マズルカ

Disc5 パラード & スケルツォ

Disc6 ポロネーゼ & 幻想ポロネーゼ

Disc7 ソナタ第2番「葬送行進曲」、ソナタ第3番、幻想曲 ヘ短調

Disc8 ワルツ

Disc9 即興曲、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、舟歌、ボレロ、子守唄、タランテラ

Disc10 前奏曲、ソナタ 第2番 「葬送行進曲」、子守唄、舟歌

ルビンシュタインは、引退前のコンサートをNHKでみた記憶がある。引退は1976年のようだから、中学生か高校生頃のことだと思う。演奏のことはよく覚えていないけど、茶目っ気たっぷりのいたずらっ子のような表情が妙に印象に残っている。ポリーニのような完全無欠な感じではなく、天真爛漫なまま頂点をきわめたような心地よさがある。録音時期もばらばらなこれらの作品を聞いていて感じるのは、しかし、ショパンの本質だと思う。ショパンは、ピアニストの目標として求道者の道具になっているようなところがあるせいか聞く方もなんとなくしゃちこばって聞いてしまうわけだが、このアンソロジーを聞くと、ショパンはまぎれも無く楽しい作曲家であるのがわかる。ユーモアすら感じる。ヴァーチュオーゾの弾く楽しい作品集。一生ものです。いわゆる紙ジャケットでの昔のLPのジャケットが8セット分。なんとなく、持っている事自体がうれしい。

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2012年6月23日 (土)

『石田徹也全作品集』

少し前から石田徹也さんの遺作集は本屋の美術関連書籍のコーナーに平積みでおかれていたりしたから、飛行機の格好をした人の暗い色調の絵が表紙のやつといえば、あ、あれかと思い当たるのではないかと思う。本書は、その石田徹也さんの全作品集だ。『俺俺』の表紙に使われたのと同じ絵が表紙になっている。

この作家の作品の大きな特徴は、ほとんどの作品に悲しげな空虚な目をした男性が登場することだ。また、そのせいもあるのだろうけど、人物としては圧倒的に女性が少ない。自画像ととらえる向きもあるけど、これは本人も言うように自画像ではない。石田さんの写真ものっているので確認できる。その画風は、異様といえば異様で、非現実的でありながらシュールレアリスムというよりも、リアルな現実を芸術化しているような退行感がある。芸術によって昇華されるというより、これじゃ身も蓋もないというような。

本作品集には、石田さん言葉ものっているが、当初は意味とかメッセージを考えながら書いていたのだが、途中からそういうことはやめてイメージだけで書いているというようなことも言われている。無意識の表出をいかに純粋にできるかは芸術家にとっては大切な技能である。それができずに理が勝つと作品は大抵よくならない。それは、音楽であれ、絵であれ、演劇であれ、同じことだ。そうしたものは、人間の行動にブレーキを与え規格化する方向で働くものだからだ。芸術の本質は、そういうところにはない。自分でも意識下において制御できない部分が作品に生気を与え、人間の限界を乗り越えるパワーをくれるのだ。だから、アーティストが時間を守らないとか、机が汚いとか、服装に気を使わないということがあってもせめてはいけない。本物のアーティストなら、自分の無意識を守るために必要なことは自分で知っている。それは、ほとんどの場合、一般的にはよいこととされている常識と齟齬があるのが普通だ。多くの場合、たとえば時間を守るのは当たり前、といった概念ですら、人間の無意識に逆らって人間を規格化していく流れの中でつくりあげられた幻想上の倫理に過ぎないからだ。時間を守ることが厳しく言われる組織は、工場にせよ、企業のオフィスにせよ、学校にせよ、せいぜい産業革命以降の人間の規格化の動きの中で近代化をとげているものであって、大昔からの人間のあり方とは縁もゆかりもない。そうしたものへの遵守は、それこそ無意識のうちに無意識を抑圧しているのだ。残念ながら、そのメカニズムは誰にも分らないが、アーティストはそれを解かないと先へは進めない。棚上げも含めて、その問題の解き方はいろいろとある。時間くらいはまもってみるかとか(自分の遅刻癖の弁解をしてるわけじゃないので、悪しからず)。石田さんは、随分と不器用にストレートに、自分の抱えている抑圧を表現している。僕には、これらの苦しげで悲しみに満ちていながら、どこか子供っぽくある意味では馬鹿げた幻想の世界が、そのように見えたのだ。これらはシュールな見掛けをとっているが、リアルだと。そのように石田さんには、これらのイメージは写っていたのだと。

基本的なモチーフは、異質なものどうしの結合・融合である。学校と人間、便器と人間、机と人間、など、ものと人との境界がぼかされ、時間の延長も無視されていろいろな要素が平気で画面に混入してくる。人間をものに置き換えさえすれば、大抵の絵はそれほど異様ではなくなるはずだ。無機的な要素に人間が強制的に閉じ込められて、なおかつ人間性を失わないことによって、むしろ非人間化するという複雑な仕掛けが作られている。場合によっては、昆虫や川などに代表される自然も流れ込み、入り込んで画像を支配しようとする。作家は、そのようなモチーフの上に自在なイメージの広がりを構築しているが、そのイメージはどこへも向けられることがなく、どちらかというと内面に回帰して収縮していく。これらの絵にある無限の収縮間は、作家の感受性の牢獄のようなものを予感させる。ヘタをすると、これらは、高校生の美術部の文化祭における展示と同じように見えるのは、そういうことだと思う。作家の感性がいかにすぐれていても、若さは隠しようもない。

これらの作品群を眺めていて、一面では、清潔な病院にうごめく害虫や細菌、手術で切り離した部位や血液などの生臭さが幼稚園の子供たちがいる居室にそのままばらまかれているような(どんな比喩だ!)あぶなさを感じるのだが、つまり、それは、この後の展開が危険な感じがするということなのだが、丁度その行き止まりのあたりで石田さんは亡くなっているのだ。電車事故だったという。今後、石田さんの絵は長く残るだろう。若書きの面が否めなくとも、それらが有している得たいの知れないエナジーは、瞬間、われわれのかたのにを下ろしてくれ、しばし自己確認をするように促してくれる。そのまま暮らしていたら、やばいんじゃないの?と、これらの絵は語りかけているような気がしてならない。

高価な本だが、図書館などでも見かけるので、探してみてください。Webサイトでも作品は公開されているが、いかんせん小さいので。

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2012年6月20日 (水)

『Just Kids』 Patti Smith

バティ・スミスを知ったのは、確かStudent Times紙の “Horces”の紹介記事だったから、中学か高校の頃だと思う。実際に音を聞いたのは、ずっと後で、80年代の半ば以降だ。音を聞く前から、あのジャケット写真は気になっていて、撮影したのがロバート・メイプルソーブというのが分かると、その作品を探してながめた。それが僕のパティ・スミスとメイプルソープの出会いだ。 “Horces”からメイプルソープを知った人は多いと思う。僕は、そのふたりが非常に近い関係だったというのは、実は本書を読むまでまったく知らなかった。しかも、その結びつきがこんなにも強かったというのは、おそらく多くの人が本書で初めて知ったのではないか。

バティが後書きに相当する部分で書いているように、これはまるで「ヘンゼルとグレーテル」が青い鳥を探すおとぎ話である。巻末にあるロバートの机のエピソードを読んでいて泣きそうになったことは秘密だが、大の男がこの本を読んで泣いても許されると僕は思う。このおとぎ話は、多くの人に自分が青春時代以降に失ってきたものを思い起こさせるだろう。それは、とても傷つきやすく、壊れやすい、しかし、とても大切なものだ。もし、二人が普通の男女だったら、どこかで関係が破綻してこのおとぎ話は終わっていたかもしれない。しかし、周知のように、ロバートは自分のセクシャリティについてストレートではない要素を抱えていた。バティとの関係がどのようなものだったかは、露骨に描かれているわけではないけれども、おそらくはそれはむしろプラスに働いて、ここまで生涯にわたる緊密な関係が持続したのではないかという気がする。ただ、それはロバートにとってはつらい関係だったと思う。何となく、吉田秋生の『カリフォルニア物語』でのヒースとイーヴの関係を思い出したりもするのだ。読んだことがある人は思い出してみてほしいのだけど、もちろん、ロバートがイーヴだ。性的な結びつきは、そもそもSM的だと橋本治さんが書いているのを読んだことがある。ヘテロであれホモであれ、性的な関係をネガとして見れば「責める」ものと「責められる」ものとの関係性、あるいは優位に立つ者と従属するものとの関係性みたいなのをどこかに隠しているということは確かにある。それはふたりの人間の関係性の中で交代することもあれば、補い合うこともあるわけだが、『1Q84』の村上春樹の言葉を借りれば、それは関係を解消することによって確実に何かを「損なう」こと抜きには成り立たない非対称な関係性なのだ。

タイトルの、 “Just Kids” は、いっぱしのアーティスト気取りで街中をうろつく若い二人にニューヨークの観光客とおぼしき通行人が呟いた言葉だ。「まあ素敵、あの子達きっと芸術家よ、写真撮って」とか何とかいった奥さんに「なんだまだほんの子供じゃないか、行こう行こう」と旦那が返した言葉なのだ。巻末に、同タイトルの詩が掲載されている。Just Kids、まだ子供じゃないか。Pattiがつけたこのタイトルは、二人が出会った時から終始変わらない関係性を維持していたことをよく表わしている。それは、どちらかが結婚してしまったら持続させるのが難しい関係だ。別の箇所で、別の男性と結婚した後でもパティはロバートの前ではひとりの少女に戻ってしまうと書いていたとも思う。もちろん、少女時代の憧れのスターに会って時間が巻き戻されるというようなことを言っているわけではない。二人の関係は、まるでドラマのような運命的な出会いから(この出会いのくだりはここで書くのはもったいないので実際に読んで確認してほしい)一貫して変わらなかっただけなのだ。白馬の騎士としてロバートが現れた偶然、二人の間で特別な意味をもつネックレスを巡るエピソード。どれをとっても、パティには宝石のような思い出に違いない。僕の読んだペーパーパックの裏表紙には、ジョニー・デップの本書に対する賛辞が印刷されているが、彼は、次のように言っている。

“Patti Smith has graced us with a poetic masterpiece, a rare and privileged invitation to unlatch a treasure chest never before breached.”

パティ・スミスは、詩的な傑作を届けてくれた。その希有で特別な作品は、私たちにかつて一度も表に出ることの無かった宝物の詰まったチェストの鍵を開けて見せてくれる招待状なのだ。(私訳)

ジョニー、なかなか粋なこと言うなあ、と思う。なかなか上手に訳せない。この本は、そう、宝物で一杯だ。それは、パティが長年持ち続けてきた大切な思い出であり、ロバートが表現されることを願った二人の物語なのだ。後書きに相当する部分で、パティは、自分とロバートをヘンゼルとグレーテルになぞらえている。この本を読んでいて感じるパティ側から見た二人の関係性をとてもよく表わしていると思う。

さて、この物語は、電話でパティがロバートの訃報を聞くところから始まる。すぐに時間を遡り、二人の生い立ち、出会いと同居のはじまり、チェルシー・ホテル、二人のアーティストとしての独立、パティのバンド活動の開始とヒ全米ヒットとなった “Because the Night”までの道のり、それ以降といった感じに区切られている。

ロバートはふたりがつきあい始めた最初からゲイだったわけではないようだ。二人の関係が親密になってから、チェルシー・ホテルで同居するに至るまでの間、ロバートがゲイとしての自分を自覚し、サンフランシスコ行きを経て二人の関係が転換していく過程は微妙な機微をあまり隠さずに描写していると思う。パティはお互いの家庭にパートナーとして紹介しあった後で、つまり、両方の親公認のパートナーとなった後で(かならずしも全員が好意的ではない)、ロバートがゲイとしての自分を持て余し苦悩している横にいてもまるで逃げ出すこともなく、とても冷静に振る舞っていると僕には思える。冷静にというのは、理知的にとか冷徹にということではなく、パートナーとして当たり前の行動を当たり前にとっているとでも言おうか。離れても、絆が壊れる感じがまったくないのだ。読んでいて、これはきついなあという場面はたくさんある。二人とも、もちろん貧乏だ。仕事もなければお金は当然ない。でも、ロバートはパティ無しではちょっと生きて行かれないという感じすらする。本書の最後の方、パティが元MC5のフレッド・スミス(Televisionのフレッド・スミスとは別人)と結婚することを告げたとき、ロバートは、でもうちの家族はきみが自分の結婚相手とまだ思っているんだと打ち明ける。ロバートにも男性のパートナーがいたと考えられる状況を考えると、ロバートの両親のごりごりのカソリックの家庭をだしにした冗談ともとれなくはないのだが、僕にはそうは思えない。結婚式をあげたわけでもなく、実際に夫婦と呼べるような関係ではなかったとしても、ロバートにとってパティは永遠の伴侶でいてほしかった人だったのではないか?パティにとっては、ヘンゼルとグレーテルだったとしても、ロバートにとってはただ一人の人だったのではないか。ただ単に自分の性的な傾向とのミスマッチをどうにも解決できなかっただけで。読んでいて、パティ・スミスがすごい「いい人」なのが分る。ロバートは、パティのそのいい人っぷりに征服され、決められたコースを歩む以外に選択肢がなかっただけなのではないか。ロバートがパティに子供をもらって一緒に育てようと提案しているところが最後の方にあるけど、パティは同調できない。しかし、はねつけている感じでもないのだ。何となく、器が違うという気がする。

二人の運命が開けるのは、チェルシー・ホテルだ。

“Chelsea Hotel,” I told the driver, fumbling through my pockets for change, not completely certain I pay him.

底辺の人々が住処としているような場末の木賃宿から病気のロバートを引っぱりだしてタクシーにのせて、無一文でチェルシー・ホテルに向かうところだ。この “Just Kids”と題された若いふたりを描く章の最後は実に印象的だ。

チェルシー・ホテルは、ディラン・トマスが住み亡くなったホテルでアーティストが多く住んだり滞在したことで有名だ。昨年、売却されて閉店中のようだが、パティとロバートも有名になる前はチェルシーの住人だったのだ。一番狭い部屋で、それでも家賃を払うのに四苦八苦しながら彼らは新しい生活のスタートを切る。そこで、人間関係を広げて、近所のナイトクラブやアーティストが集まるライブハウスなどを通じて、徐々にふたりはニューヨークの有名人になっていく。

全体を通じて、パティ・スミスが出会うアーティストやミュージシャンがすごいのに驚く。ジャニス・ジョプリンとジミ・ヘンドリックスとは知りあいとしてではないにしても直接会話している。ジャニスには詩を書いてあげているエピソードも出てくる。Velvet Undergroundに、彼らが出演していたMax Kansas Cityでは、ウォーホールや取り巻き達(もっともウォーホールはあまりいなかったみたいだが)、アレン・ギンズバークにジョン・バローズ、トッド・ラングレン、テレビジョンのトム・ヴァーラインにリチャード・ヘル、もちろんドアーズも生で見ている。パティは元々詩人、アーティストとして創作を初め、演劇も経験しながら、詩の朗読からだんだんにロックに近づいていったようだが、そもそもの出発点では、ランボーやボブ・ディランが大きな存在だったようだ。ローリング・ストーンズ、特にブライアン・ジョーンズへのシンパシーにもちろんジョン・レノン。トッドとトムは少し時代が下がるが、ディラン、ジミ、ジャニス、ジム、ジョン、ブライアンにベルヴェッツと並べれば、要するに60年代後半のロック・シーンを騒がせた超大物は一通りそろう。パティ自身は、1946年生まれだから、年齢的にはディランやジョンから見たら妹くらいの歳の差になるだろうか。 “Horces”が1975年だから、もっと世代が離れていると思い込んでいたのだが、それほどでもない。僕から見た清志郎やチャボよりも近い。だけども、その音楽は、ザ・バンドが1976年に “The Last Waltz”で店じまいしてしまった60年代の音楽と入れ替わるようにして登場した。RamonesやSex Pistolsよりもやや早い。PattiはTelevisionを見て印象づけられて、 “Piss Factory”では、トム・ヴァーラインをギターで呼んでいるが、そのTelevisionが『マーキー・ムーン』でデビューするのはもう少し後だ。 また、 “Horces” が出た1975年のアルバム・チャートといえば、Elton Johnの”Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy” や、Led Zeppelinの”Physical Graffiti”、Bob Dylanの”Blood on the Tracks”なんかがいて、暮れに、Bob Marley & Wailersの”Live!”が出ている。つまり、ロックがビジネスに転換しパンクやレゲエが浮上してくる前夜。パティ・スミスの”Horces”は、上にあげたロック黄金期の神々の直接・間接の魂のリレーの元にそうした時代の扉を開いたのだ。

本書では、それ以降の記述が急激に駆け足になる。多分、ロバートと疎遠になりバンドのパートナーであるレニー・ケイと過ごす時間が長くなり、といったことがあったに違いない。 “Because the Night”が全米ヒットになったのをロバートが喜ぶところが出てくるが、基本的には二人とも異なる道に進み、チェルシー・ホテルを出て、別々のロフトを借りて同居も解消している。ロバートは、パトロンを得て、写真家として成功していく。ロバートのSMやボンデージ姿の男性の裸体やらの写真は、パティはあまり好きではなかったと言っている。でも、いつのまにかそれらをモチーフにしたドローイングを始めたりしている。パティはロバートが全てを話せるパートナーであり、ロバートの全てを理解してくれる理解者だったのだ。ことアートに関して、ふたりが疎遠な関係になったことは初めての出会い以降、一度も無かったに違いない。その結びつきは、ただの理解者というレベルではもちろんなかった。本書を読んでいても、パティのクレバーさ、すごさ以外に、普通に可愛く優しい女性みたいなやわらかなところもものすごく感じることができる。当時の写真を見ても、その後のいかにもパンクの女王といった強面な感じや最近のワンピースのチョッパーを育てた女医先生のような魔女的な風貌とは異なって、とてもキュートな表情を見せているものがいくつもあるし、その書くものといったら、こんな文章を書く人ならほんとつきあってみたいと思う瞬間があるほど心地よいのだ。しかし、優しいロバートは、強引にパティの気持ちに踏み込むことができない。パティがどんなにロバートと強い絆で結ばれていても、彼女が家庭を持って子供をもつということは、それとは異なる人生の真実であり、それはロバートには与えることのできないものだ。結局のところ、二人はアートを通じての結婚という所に戻って行き、なんとか平衡をとっていく他なかったのではないかと思う。

死の床で、ロバートは、次のようにパティに聞く。

“Patti, did art get us?”

このgetは、とても日本語には訳せない切ないニュアンスを感じる。続けて、パティは次のように書いている。

  I looked away, not really wanting to think about it.  “I don’t know, Robert. I don’t know.”
  Perhaps it did, but no one could regret that. Only a fool would regret being had by art; or a saint. Robert beckoned me to help him stand, and he faltered. “Patti,” he said, “I’m dying. It’s so painful.”
  He looked at me, his look of love and reproach. My love for him could not save him.

 私は目をそらした。今そんなことを考えたくなかった。「わからない。ロバート、どうなんだろう。」
 多分、そうなのだ。でも、だれもそんなことを気にはしない。芸術の虜になったことを後悔するのは、愚か者か聖者だけだ。ロバートは、立つのを手伝うよう手招きし、そしてよろめいた。「パティ」と、ロバートは言った。「僕は死にかけてる。とてもつらいんだ。」
 彼は私を見つめた。愛と非難を含むまなざしで。私の彼への愛は、彼を救えなかった。(私訳)

ロバートの死は、結婚後のブランクからの復帰第一作 “Dream Of Life(1988)” の後だ。ロバートの最後の写真は、そのときのセッションのものだ。パティには、彼の死は相当こたえたのではないだろうか。再びアルバムが出たのは、大分たってからだ。そして、ロバートに約束した二人のストーリーを書くという約束が果されたのは、2010年。それだけの時間がかかったのは、子育てに忙しかったり、夫が亡くなったりといったことばかりが原因とは僕には思えない。ロバートの死後、彼の使っていた身の回りの品などはオークションにかけられ、愛用の机などもパティの手元には残らず、知らない人に買われて行ったようだ(当然、ロバートの身内が処分したのだろう)。パティの立場はとても微妙なものだ。少なくとも、世間的にはただの友達以上のものではない。手にしたのは、ロバートの遺髪、灰、手紙、やぎ皮のタンバリン。本書がベストセラーになって、その机のことを知った持ち主が連絡してくれた時のエピソードが巻末にそえられていて、写真も出ているのだが、その知らせを受けて号泣するパティにこちらもほろりとさせられる。なんだろう、人間の結びつきって。相手が死んでも消えることはないんだよな、と。ロバートは、getという言葉に、usという言葉を続けている。芸術は、たんにふたりを虜にしたのではなく、ふたりを同時に虜にした。彼は、自分達の結びつきがアートの神を通じてのものであったことを確認しているのだ。パティは、それにたいして、少し冷静に考えをめぐらせる。僕は、ロバートのパティに対する男としての本当の気持ちは、届かないままだったんじゃないかと思う。それは、永遠にすれちがっているけどそれ故にふたりの関係は永遠に損なわれること無く、全うされたのだという気がして仕方ないのだ。

ところで、最近、パティの新しいアルバムが出た。下のリンクでインタビューが聞ける。パティの英語は、聞き取り易く、耳に心地よい。ロバートが君はもっとその声をみんなに聞かせるべきなんだ、といっていた理由がよくわかる。アルバムでは、がなりたてているような曲でも、どこか聞き易さ、こころを落ち着かせるトーンを含んだ希有な声の持ち主だと思う。

http://www.npr.org/2012/06/19/155291456/guest-dj-patti-smith?cid=nl%3A252312793&utm_medium=email&utm_source=uscolumbia-pattismith&utm_campaign=email-uscolumbia-pattismith-20120621-nl252312793&utm_content=nllink-f18bcf0-Click%20here

なお、残念ながら本書は、まだ翻訳が出ていない。詩的な表現にしばしば出会い、解釈が必要になるところがあるし、街に出るのをhitといったりと、あまり目にしない単語が結構出てきたが、読み易い方だと思う。ファンは元より、ロックに関心の無い人も読んで思う所はいろいろあると思う。

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2012年5月29日 (火)

『ペット・サウンズ』 ジム・フジーリ著 村上春樹 訳

ビーチ・ボーイズは、僕にとっては長らくサーフィン・サウンドのグループだった。丁度、丘サーファーなんて言葉がはやるくらいサーフィンが軽い文化の代表格のようになってた時代が青春期だったせいで僕にはサーフィン・カルチャーに対する偏見があり、その代表格みたいなビーチ・ボーイズを聞いてみようという気にならなかったというのもあると思う。僕がビーチ・ボーイズに関心を持ったのは、80年代の中頃で、多分、山下達郎さん経由だ。『ビッグ・ウェイブ』はよく聞いたし、ラジオで聞いたあの甘ったるい『ディズニー・ガール』をもう一度聞きたいと思ってレコードを探した記憶もある。でも、ベスト盤があればそれを優先して買う類のアーティストとしてだ。ある時、それは『ペット・サウンズ』を聞く前のことだけど、ビーチ・ボーイズにあるSomethingに突然気がついた。そのSomethingを言葉にするのは難しいのだが、それはサーフィン・カルチャーがそんな一時の流行のような薄っぺらなものではないのに気づいたのと同じ頃だったんじゃないだろうか。誰もがファッションとして軽いノリでとりいれて消費してしまうようなもの、それらのもつ軽さはある種の哀しみと裏腹の関係にある。その軽さ、人々の負担にならない軽さの中にある魅力、深さ、慎み深さ、いろいろな言い方が可能だと思うのだけれど、それは否定すべきものではなく、きちんと取り上げる価値のあるものだということに、少し年取ると気づくのだよね。ヒット・チャートの上位にくるチャラチャラしたサビのあるような曲はみんなにバカにされがちだけど、それは少なくとも誰の負担にもなることがない。確かに、時代の表層をかすめてすぐごみになってしまうものだって多いけど、それは批判されるようなことなのか?うまく言えないんだけど、ヒット・チャートの上位の曲の多くは、どれも傷ついているように僕には思える。しかも、根底から。ビーチ・ボーイズは、その哀しみをとても強く感じさせるグループだ。ビートルズは、それとは違った意味で聞くものを切なくさせる魅力をもっている。昔、財津和夫さんだと思ったけど、『ア・ハード・デイズ・ナイト』を見てぶっとんで、早速、真似して学校で放課後「アンド・アイ・ラブ・ハー」を歌ってたら、涙がこぼれたって書いてた。片岡義男さんも、ビートルズの歌詞の翻訳のあとがきで、やはりビートルズの「悲しみ」について触れていたと思う。僕は、それがどういうものかはよく分かる。でも、それがとこから来るのかは今でもよく分からない。でも、とても内面的なもので、言葉の壁をこえてそれをストレートに伝える力を持っていたのがビートルズというバンドだったと思ってはいる。ビーチ・ボーイズの漂わせている哀しみは、それとは違う。ビーチ・ボーイズの哀しみは、表面にはりついて当たり前のように消費される。モーツアルトを疾走する悲しみと小林秀雄が呼んだのと近いかもしれない。それは、サーフィン・サウンドの文脈にいて実に居心地悪そうにしている。特徴的なファルセットや軽いのりのビートのせいで、とことんハッピーな上辺と反対に、作曲者は屈折し、苦悩している。しかし、それをストレートに伝えることはしない。あくまで、ハッピーで美しい楽曲としてそれを作り上げようとしている。それらは、盛大に時代に消費されることで傷つき、さらに内面に沈み込む。だけど、音楽はその奥底に潜めているものも、いつか人に気付かせさずにはいない。ヒット・ソングになるほどの曲の多くは、そういったなにかをもっていて、人は無意識の内にそれを看取してシングル盤を手に取るのだ。ビーチ・ボーイズは、そうしたポップ・ソングのあり方と正面から向きあったバンドだと思う。ビートルズは、そういう単純なヒット・パレード向きの曲を量産する仕事の仕方は、アルバムで言うと、”Beatles for Sale”くらいまででやめてしまった。このタイトルはそう考えるとなかなか意味深である。そして、ビートルズはこのアルバムをひっさげてアメリカに上陸し、しばらくしてコンサート・ツアーをやめてしまうのだ。ビーチ・ボーイズの場合、コンサートをやめてしまったのはブライアン・ウィルソンだけだ。

本書にも出てくるように、ブライアンは、ビートルズがスタジオにこもって作り上げた記念碑的な作品、『ラバー・ソウル』にかなり刺激されて『ペット・サウンズ』に臨んだらしい。ビーチ・ボーイズの音楽的な支柱であるブライアン・ウィルソンは、メンバーがツアーに出ている間、スタジオ・ミュージシャンを使って、ヴォーカル以外は全部自分で仕上げてしまったという。キャッチーなサウンド、チャラチャラした見掛けは幾分影を潜めて、クラシカルでストレートな音楽を存分に作ってみたらこうなったというのが、『ペット・サウンズ』のようだ。初めて聞くと、いかにもビーチ・ボーイズっぽいヒット曲になりそうな曲は、「スループ・ジョンB」くらいだ。でも、どの曲も何回聞いても飽きない。このアルバムを聞くものは、何回か聞く内に、この音楽に「つかまる」。個々の曲ではなく、このアルバムにつかまるのだ。訳者である村上春樹さんは、スコット・フィツジェラルドとヘミングウェイの関係になぞらえて、今ではこのアルバムが『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』よりも上に位置しているように感じていると書いているけど、その言わんとするところはよく分かる。このアルバムにつかまるというのは、そういうことなのだ。

本書の著者も、そうした一人だ。『ペット・サウンズ』だけというわけでもないけど、ほとんどそれだけを語って一冊つくるのだからビーチ・ボーイズに対するその思い入れは正真正銘だ。たとえば、ロックのオールタイム・ベストのような企画では、必ず『リヴォルバー』や『ラバー・ソウル』が顔を出すが、『ビーチ・ボーイズ・トゥデイ!』や『サマー・デイズ(アンド・サマー・ナイツ!!)』が顔を出すことはない。しかし、それらは少なくともビートルズ中期の優れたアルバムと同じくらい優れているのにと著者は嘆く。当のビートルズはそれを分かっていたというようなことを著者は書いている。実際、ビートルズがビーチ・ボーイズから刺激を受けていたらしいのはいろいろな所で読む。僕も、以前はそれがどういうことなのかよく分からなかった。具体的な技術的なことはわからないけど、今は、ともかくもビーチ・ボーイズの音楽が相当考えられて練りこまれたものであることは非常によく分かる。それは、曲のよさというだけではない、スタジオ・ワークの集大成なのだ。たとえば、”Good Vibrations”は、”A Day In The Life”のような圧倒的な展開こそないけど、例のルートをひかないメロディアスなベース、テルミンみたいなものだけ聞いていても、サウンド・プロダクションという観点でひけをとっているとは全然思えない。『ラバー・ソウル』のビートルズが気にしていたのは当然だろうという気がする。

高校生くらいまでと違って、今はアルバムのライナーノーツも読まなくなったし、音楽関係の書籍もそれほど熱中して読まなくなったので、曲の背景やレコーディングのエピソードなんかもよく知らないのだが、ビーチ・ボーイズを聴きだしたのはそういう聞き方になってからだから、このアルバムの演奏者がヴォーカルを除くとカリフォルニアのスタジオ・ミュージシャンばかりというのもこの本を読むまで知らなかった。本書では、そのあたりは演奏者の名前つきでよく説明されている。何度も聞いているのに、漠然と聞き流しているせいで気付かなかったりしているのだが、ここには実に多くの楽器の音が含まれている。結果があまりにも自然だから意識させられることがないだけだ。あ、チェロだなとか、あ、フレンチ・ホルンだ、という楽器の使い方をブライアンはしない。それらはひとつに融け合って、ひとつの世界を提示する。ある面では、イージー・リスニングのオーケストラに近いものがある。ヴォーカルですら、おそらくはそうした楽器のひとつとしてブライアン・ウィルソンという天才的な音楽家によってコントロールされつくしている。ビートルズもビーチ・ボーイズも基本的には、リードをとれるヴォーカリストが複数いるコーラス・グループでもある。ビートルズの音楽のベースは、コーラスとギター・アンサンブルだが、ビーチ・ボーイズはメンバーの楽器演奏にあまりこだわりがないように思える。たとえシンプルな楽器構成であっても、一種のオーケストレーションの妙味みたいなものがレコード上のビーチ・ボーイズの特徴のように思える。特に、『ペット・サウンズ』では、その「オーケストレーション」が全開にされている。だから、その分、ビートルズのようにバンド・メンバーのミックス・アップによるマジックを感じさせない面があるのだ。一聴して凡庸に感じるところがあるとそればそこが原因だと思う。ビートルズがハプニングを直感でコントロールして作品にしてしまう天才だとすれば、ブライアン・ウィルソンはハプニングを許さない天才だ。

「キャロライン・ノー」について書いている箇所を引用しよう。

 二人の愛をよみがえらせることはできないものだろうか、と彼は思う。彼女の素晴らしさが戻ってきて、二人がかつての関係を復活させることは可能なのだろうか?「いったん失われたものは、もう二度と元には戻らないのか(Could we ever bring them back once they have gone?)」。アルバム『ペット・サウンズ』に通底するこのthemの意味は、青春期の活気であり、ナイーブさであり、一途さであり、単純さである。ご存知のように、それらは成長するにつれて消えていくものだ。心は保護されなくてはならない、経験がそれをあなたに教える。

まるで、村上春樹のいくつかの作品みたいでしょ?本書は、最適な翻訳者を得たと思う。ある曲で使われているあの音は、実はバス・ハーモニカなのかとか、これ歌ってたのはブライアンじゃないのかとか、いくつか教えられるところもある。ファンは必読だと思うが、聞いたことのない人は『ペット・サウンズ』を聞いてから読もう。何も考えずに音楽を受け入れるということは貴重だ。

ところで、そもそも、ペット・サウンズとは何か。アルバム・ジャケットは、やぎと戯れるバンドのメンバーである。え?やぎってペットしゃないよな、と。このあまりにも適当なネーミングは、そもそもこのアルバムがそういうコンセプトとかとは無縁のものだということを表していると思う。そもそも、ビーチ・ボーイズのアルバムは適当なタイトルのものが多い。前述の『ラバー・ソウル』や『リヴォルバー』と比べても見劣りしないと言われているアルバムのタイトルの適当さを思い出そう。少なくとも、タイトルは相当見劣りする。おそらく、会社のつけたタイトルだろう。彼らは、そういうレコード会社と仕事をしていたのだ。今では当たり前のように思われているビートルズのアルバム中心の作品づくりは、それだけ本当の先端にいて、ビーチ・ボーイズは少なくとも、そのムーブメントにアルバムの中身ではおいつき、おいこしかけていた。アルバムのパッケージがおいついていないことが、当時のキャピトルがこのアルバムに感じていた違和感やその扱いを如実に示していると思う。しかし、このアルバムは、たとえば、”Rolling Stone”誌の、500 Greatest Albumsでは、2位である。1位は、SGT. Pepper’s.. 聞いてない人は、それだけ損をしていると思えるアルバムのひとつなのは間違いない。結局のところ、この本が言っているのはそういうことだ。ともかく、いいんだから一度聞いてみてよ、と。訳者あとがきで村上さんまでそう書いている。僕はといえば、そもそもSGT. Pepper’s..は、ポールの平均レベルの曲がアルバムの価値をやや下げちゃってる気がしているので、その音楽のとてつもないクリアさ加減には驚くものの、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」と「ペニー・レーン」をシングルで出さずに、こっちに入れてくれれば文句なしだったのにと思っている。

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2011年12月23日 (金)

『阪急電車 片道15分の奇跡』監督: 三宅喜重

これはちょっと前にみたのだけど、これもみちゃったなあ。最近の日本映画は宣伝が地味な方がいいのが多い気がする。それぞれ別個に小さなドラマが阪急電車の周辺で展開し、阪急電車でドラマが交錯するという仕掛け。猛烈に電車でやかましい大阪のおばちゃん集団に宮本信子演じるおばあちゃんが説教たれて終わるのだが、とくに大きなドラマがあるわけでもなく小さなエピソードのあつまり。ミリタリー・マニア系の男子と田舎から出てきた女子がつきあい始めるエピソードなんかは、おたくな人たちには希望を与えてくれるのではないか。他には、女優陣がそれぞれがエピソードの主人公なわけなのだが、なんだかみんなよかったね。中でも、久しぶりに見た南果歩が地味目な主婦を地味に好演しているのとすっかり老け役が板についている宮本信子には少々驚かされた。

原作があるとはいえ、こういう日常から地続きで入っていけるムードの映画がふえてきているような気はする。小津安二郎の魂が現代で普及して一般化したような。映画にかけられる予算が減っているせいかもしれない。

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2011年12月 4日 (日)

『Lark』Linda Lewis

先日中古で見つけて購入。95年の初CD化の時のもの(リンク先は、リマスタリングされた2008年のもの)。リンダ・ルイスは、数年前に知って、名盤という評判のこの作品を探したがみつからず、当時はまだamazonにも新品在庫があったベスト盤『Reach for the truth』を買って聞いたのが最初だ。これに“Lark”からも半分くらいの曲が収録されていたので、実はせっかく見つけたこのCDを聞いても、あまり初めて聞く感激はなかったりする。

リンダが黒人のせいで、R&Bと思われたり分類されていたりするところもあるようなのだが、音を聞く限りではそういうイメージは全くない。ギターの弾き語りが主体のシンガーソングライターの作品としか僕には聞こえない。時々、ジョニ・ミッチェルを思わせるところがあるくらい。全曲自作曲。

最大の特徴は歌声だ。自分の事を歌ったわけでもないのだろうけど、Larkはイメージにぴったりだ。空の上でさえずる雲雀。ヴォーカルを前面に出すためか、バックのサウンドは控えめでソフト。マイケル・フランクスとかを思い出すと近いかもしれない。曲の個性がやや弱いこともあって、単調に聞こえなくもない。だけど、この子供のような声質で高音域までを自由自在に転がるカラフルな歌声は無二のものだ。ジャケット・デザインもそのイメージをよく表している。空の高いところまで転がりながら昇っていって春の光をふりまく。持っていて損のないアルバムだと思う。

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2011年10月25日 (火)

『Puzzle』Amiina

前作に比べて短い。男性メンバーが増え、ドラムスが加わったが、これはこのグループの個性とは合わない気がする。多様な楽器の組み合わせの妙がドラムスによりやや失われている感がある。ドラムスにしろ、ディストーション・ギターにしろ、ロックで定番の楽器やイクイップメントは音を平板にしかねない要素をもっているから、特にこのグループのような見事なバランスで音を配置してきた人たちはあえて入れない方がよかったのではないか。もちろん、音楽を考えて控えめにしか入っていないのだが。子供達が子供部屋で有り合わせの楽器で遊んでいたらすごいいい感じ、というような前作の延長上にある作品も多いのだが、どこか浮わついた感じが残る。新メンバーの加入によって、グループのバランスを落ち着かせるのに少し時間がかかっているからか。男性メンバーだという点も、いろいろと楽しいこともあれば、やりにくいこともあるに違いない。

未聴の人には、断然第一作を推します。この作品も悪くないのだけれど、前作が100点ならこちらは87点くらいなので。しかし、長い事アルバムが出なくてどうしたかと思っていたので、まずは一安心。

ちなみに、前作=第一作は、これ。

これは、僕は傑作だと思う。とても優しい音楽なので、全ての生きものに勧められる。せっかちな人には、MP3もあるのでぜひ。You Tubeにも、動くamiinaが登録されている。必見です。

amiinaは、Sigur Rós のサポートでストリングス・カルテットで参加してたようなので知ってる人は知ってるのかも。僕は、シガー・ロスをamiina の後で知ったのですが。

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2011年10月23日 (日)

『武満徹 マイ・ウェイ・オブ・ライフ セレモニアル、系図(英語版)、弦楽のためのレクイエム、エア』

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例によって、中古盤です。800円くらいだったかな。
収録曲は、次のとおり。

  1. セレモニアル(オーケストラと笙のための)
  2. 系図 - 若い人たちのための音楽詩 - (語りとオーケストラのための)詩:谷川俊太郎
  3. マイ・ウェイ・オブ・ライフ -マイケル・ヴァイナーの追憶に- (バリトン、混声合唱、オーケストラのための)詩:田村隆一
  4. 弦楽のためのレクイエム(弦楽オーケストラのための)
  5. エア(フルートのための)

演奏者:         宮田まゆみ(笙) 1         小澤征良(語り) 2         御喜美江(アコーディオン) 2         ドワイン・クロフト(バリトン) 3         東京オペラシンガーズ 3         オレル・ニコレ(フルート) 5         サイトウ・キネン・オーケストラ         指揮:小澤征爾

おなじような構成で「ノヴェンバー・ステップス」が入った別のCDが二三出ているので注意が必要。「系図」も、そちらは語りが遠野凪子さんになっていたりする。多分、日本語版なのだろう。

もちろん、武満徹さんの作品を沢山聞いているわけではないし、現代音楽に造詣が深いなんてこともないので、聞いたままを言うしか無いのだが、「系図」の朗読と美しいストリングスのオーケストラを聞いていると映画のサウンドトラックを聞いているような気がする。現代音楽というと敬遠するという以前にCDの棚の前に行かない人がほとんどではないかと想像するのだが、実は、映画音楽を通して現代の作家の作品は意外と聞いているものだ。Wikipediaによれば、武満さんの場合、黒沢明の作品を始め多くの映画音楽がある。武満さん自身、映画に関する著書もあるくらいで映画は好きだったはずだが、元々夢見るような旋律とゆっくりと巨大客船が漂うようなオーケストラという印象が多くの作品に共通する特徴のような気がするのだが、極めて映像と親和性の高い音楽とは言えるのかもしれない。

谷川さんの詩は、『はだか』という詩集に収められている、「むかしむかし」、「おじいちゃん」、「おばあちゃん」、「おとうさん」、「おかあさん」、「とおく」が、朗読される。小沢征爾の娘さんである征良さん、なかなか聞きやすくて気持ちのいい朗読だった。「むかしむかし」の一部。

        そしてゆめのなかではへびのあめがふり
        わたしはうまれたりしんだりした
        むかしむかしどこかにわたしがいた
        いまここにわたしはいる

田村さんの「マイ・ウェイ・オブ・ライフ」は、「私の生活作法」という作品だ。その最後のところ。

        「時が過ぎるのではない
        人が過ぎるのだ」
        と
        ぼくは書いたことがあったっけ
        その過ぎてゆく人を何人も見た
        ぼくも
        やがては過ぎて行くだろう

        眼が見える
        いったい
        その眼は何を見た

        「時」
        を見ただけ

田村さんのこの時期の作品は、いつでも必ずユーモアを含んでおり、この作品もそうなのだが、武満さんの作品はまるで宗教音楽のようでちょっと面食らう。当の田村さんはどのように聞いたのだろうか。

ところで、どちらの作品も、死に言及している部分があるのは偶然ではないと思う。マーラーは死を恐れた作曲家だった。彼の『大地の歌』は、その死の恐怖との闘いそのもののような作品だ。武満さんの中にもそれと類似した死のイメージがあり、それが作品全体を緊張感から解放しないような所があるように思えてならないのだ。それこそ谷川さんと同世代のはずだから戦争は少年期の経験に属すると思うのだが、出世作の「弦楽のためのレクイエム」がそもそも、強烈な虚無と寄り添いながら虚無に引きずり込まれないように戦っている音楽のように僕には聞える。あんまり聞いた後すかっとしないのも、そういうのと関係しているのではないだろうか。

残念ながらamazonでは高値の中古しか買えないようだが、最近は図書館でCDをおいているところもあるから探して聞いてみてもいいのでは。好き嫌いは色々あるでしょうけど、間違いなく戦後の日本を代表する作曲家の一人なんだし、。ただ、TSUTAYAにはないと思いますよ。

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