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2013年6月の記事

2013年6月15日 (土)

『生命とは何か』 シュレディンガー

岩波新書で出ていた本書を買ったのはもう相当以前なのだが、読まないうちに、岩波文庫が出た。新書のことはすっかり忘れていて文庫を買ってからもずいぶんたつのだが、福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』を読んだこともあって先日やっと文庫の方を読んだ。もちろん中身は同じ。

ワトソン、クリックを初めとして、生命科学系の人々が、この本から多くの影響を受けていることはよく言われている。実際、ここで展開されているのは、物理学に基づいた生命現象の理論的な解明であり、物理学者が余技として生物学に挑戦しているのでも、物理学的な観点から生物学を批判しているのでもない。超自然的な説明や神学的な話題に傾くこともなく、哲学的な独断も最小限に、素朴に物理学の基本法則を認めた上で、それが生命現象のどこにどのような制約を与えて今あるようないきものの形を生み出しているのかを考察するやり方が徹底してとられている。つまり、方法論的な見通しのよさがとても顕著なのだ。それは原理的に思考されていて、無視して通れるような試みや思いつき、あるいは哲学的な無責任な予想図などではなく、この問題に挑む科学者ならばどこかの時点で何らかの形で通過して消化しなければならない理論的な枠組みとして思考されているということを意味している。この点がいちばん驚いた点だ。新書版のあとがきで、「本書の一〇年後に確立された分子遺伝学への基本路線を示したのです。」というのは少しもおおげさでないと思うのだけど、それは、つまるところ本書の主張の理論的な枠組みの強さ(著者は量子力学や統計力学の物理学こそが枠組みだと考えていたと思うが)に由来していると思えばよい。哲学的な議論が少し出て来るが、それはむしろ驚くほど陳腐。後書きで、訳者のひとりの鎮目恭夫さんがこの最後の部分にこだわっているが、こちらもどちらかというと鎮目さんのもうひとつの関心分野である性科学の方に強引に話題を結び付けて自説を宣伝しているようなところがあり、本書の重要性の主たる構成要素とは無関係である。

福岡さんの本にも出ていた生物の大きさがなぜこの大きさなのかという議論は本書の初めの方に出て来る。これは、つまるところ生命現象が統計物理の支配するマクロ・レベルの現象でしかありえないことについての考察なのだが、その思考が徹底して物理的であることには少し感動する。物理的な法則を生命現象に適用する手つきは、原理的な考察を進めるとはどのようなことかを学ぶいい手本になると思う。

遺伝についての比較的長い叙述の中では、放射線によって生殖細胞に含まれる物質がイオン化されることにより突然変異の起こる確率が上昇することがそのメカニズムも含めてきちんと書かれていて、人類が放射線の影響を徐々に受けることの問題に警鐘を鳴らしている。本書が発行されているのは第二次世界大戦中で、原爆もまだ落とされる前のことである。もちろん自然放射線の影響はそれほど大きくないこともきちんとふまえられていて、自然の突然変異は分子の熱運動の偶然の揺らぎによると説明されている。

福岡さんの本でも生物が負のエントロピーを取り込むことでエントロピーの増大に対抗する存在であることが述べられていたが、シュレディンガーは、このように述べている。

 生きている生物体はどのようにして崩壊するのを免れているのでしょうか?わかりきった答をするなら、ものを食べたり、飲んだり、呼吸をしたり、(植物の場合には)同化作用をすることによって、と答えられます。学術上の言葉は物質代謝(メタボリズム)といいます。この言葉の語源のギリシャ語(μεταβάλλειν)は変化とか交換を意味します。もともとこの言葉の裏にある観念は、疑いもなく、物質の交換ということです。(英語ではmetabolism といいますが、ドイツ語ではStoffwechsel[物質交換]という言葉を用います。)物質の交換が本質的なことであるとはおかしなことです。窒素、酸素、イオウ等々のどの原子もそれと同種の別の原子とまったく同じものです。それらを交換することによってどんな利益が得られるのでしょうか? [中略] 

 それでは、われわれの食物の中に含まれていて、われわれの生命を維持する貴重な或るものとは一体なんでしょうか? それに答えるのは容易です。あらゆる過程、事象、出来事-----何といってもかまいませんが、ひっくるめていえば自然界で進行しているありとあらゆることは、世界の中のそれが進行している部分のエントロピーが増大していることを意味しています。したがって生きている生物体は絶えずそのエントロピーを増大しています。-----あるいは正の量のエントロピーをつくり出しているともいえます-----そしてそのようにして、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいてゆく傾向があります。生物がそのような状態にならないようにする、すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えずとり入れることです。-----後ですぐわかるように、この負エントロピーというものは頗る実際的なものです。生物体が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなくいうならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります。(p.139 [太字は原書では傍点 :注])

福岡さんの本にあったシェーンハイマーの思想まではほんのひとまたぎである。本書で記述されている科学的な事実や理論はどれも著者独自のものというわけでもないはずだ。しかし、それらに基づいて、生命とは何かというテーマを分解し問題を分類し理論的な切り口を明確にしながら個々の課題について考察し、全体として生命に関する理論的な説明をくみ上げて行く姿の力強さは西洋の自然哲学の長い歴史を感じさせる。今読んでも、ほとんど色あせることのない感じを受けるのは、ガリレイの天文対話などと同じで、地に足の着いた議論が事実に即して展開されているためだ。予備知識を限定すれば、誰もが同じ疑問を抱き同じ検討経緯をたどり同じ結論にたどりつく。科学は、そのようなことが可能な方法であり、それが科学を科学たらしめてきた本質でもある。初めにも述べたように、これは哲学ではなく科学である。生命科学の端緒がここにあるというのは、そのようにとらえるべきものである。

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2013年6月 9日 (日)

『岡井隆詩集』 現代史文庫 200

岡井さんは、戦後を代表する歌人の1人としてしか認識がなく、詩も書くのは知らなかった。高見順賞もとっているというのだがら立派なものだ。思潮社の現代詩文庫200冊目としてアンソロジーが編まれるのだから昨日今日の詩人でもない。ほんと、知らなかった。

収録されているのは、以下のとおり。

『詩集 <限られた時のための四十四の機会詩 他>』 全篇

『詩集 <注解する者>』 全篇

『<木曜便り>』 全篇

『歌集 <眼底紀行>』 から

『<木曜詩信> 抄』

『<天河庭園集 [新編]>』 から

『歌集 <中国の世紀末>』 から

『組詩 <天使の羅衣[ネグリジェ]>』 から

『歌集 <神の仕事場>』 から

『詩集 <月の光>』 から

 その他、詩人論、作品論 等。

最初の二詩集で全体の半分くらいあり、そこまでを丁寧に読み、それ以降はざっと。

後書きによれば、「機会詩」としてまとめられているのは、目覚めてから覚醒までの短い時間に書いたものとのこと。日記を書くように詩を書くということはありえるが、この作品群はその逆。一日の始まりに、その一日の澱もたまっていなければ、感想も疲れも感情も高まらない状態でまるで日々のおつとめのようにして書かれたもののようだ。まとまり、一貫性、迫力、主張、感情などとは逆の何か。ただ、午睡のあとということもあったようだけど。この詩群が僕にはいちばん面白かった。たとえば、こんなの。

今からどこへ行くにしても

嘘の八ちまたをまたぐことなしには

夕ぐれの自分の中へ帰れはしない  

             (「夕ぐれの自分」)

もう今人々は始源を問ふこともない

ただ終焉を予想してゐる

             (「始源といふ神話」)

 

思ひがけなくゴーヤが出た

帰って来てみれば 押しやった筈の荷は

こちらへ戻って来て 暑い

             (「思ひがけなくゴーヤが出た夕餐」)

戦後詩の定番の雰囲気があって、どことなくほっとするゆるい感じが心地よい。肩いからせて作者も書いていない分、読む方も素直に読める。読んで感動するわけではないが、多少の共感が残り、同じ時代を生きているものとして挨拶くらいはしておこうかという気になる。これが代表作にはならないだろう。しかし、これは「あり」だなと思った。

もうひとつの、『注解する者』は高見順賞をとったというもの。注解する者とは、作者自身。短歌には、解釈・注釈がつくものだが、そのような仕事をしている者として、また、宮中と関係のある歌人として、自分を客観視した時の自分である。これも面白かった。散文なのだ。散文詩ですらなく、普通の散文であったり、句点のない散文であったり、解説文のようであったり。しかし、それらを通じる割り切れなさは、詩としか思えない作者の意志に守られていて、字面通りの散文として受け取ることを拒んでいる。読んでいて、これは何なのだろうとたびたび思った。普通に散文として読むと、率直に言えば、つまらないものも多く入っている。それがこの組み立てを通して、注解する者=作者を注解し浮かび上がらせる。つまり、これらの断片的な文章は、作者自身に対する作者自らの注釈のようになっているという仕掛け。

全体に、一種のひねたくそじじいの手遊びといった趣があり、読んで心が洗われるような要素は皆無だ。何のカタルシスもなければ、感動とも無縁。作者の、晩年に近づいている人生の一局面におけるお遊びととれる面もないわけじゃない。しかし、何なのだろう、このやられた感。ただひねくれてるだけではない。このスタイルには、簡単にまねのできない何かがあるのだ。それなりの修練があったことは確かだと思う。『<木曜便り>』は、昭和30年代の作品だし。そして、手あかにまみれていない何か。それがあれば、とりあえず詩はもうそれでいいじゃん、という何か。

注解者の作品を下手に注解しても野暮なだけだ。気になる人は手に取ってみてほしい。悪くないっすよ。

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『ロシア宇宙開発史 気球からヴォストークまで』 冨田信之 

幼稚園の頃、親が何を思ったか世界文化社から出ていた小学校高学年向けの『科学図鑑』という全24巻シリーズの図鑑をとってくれていた。確か月一回ずつ送られて来るのだが、字が読めないので絵本代わりに読んでいた。ほんと、なんで幼稚園児にあれをあたえたろう。その第一回目が「宇宙」だった。初めてそれを手にした時のことはよく覚えている。もう何度も何度も繰り返しながめたし、表紙から何ページかと裏表紙は失われ、方々破れているけど、今でも大切にもっている。この本が僕の人生を決めたようなものだ。実際、とてもよくできた図鑑シリーズだったと思う。実際、中学校初年くらいまで役立ってくれた。5巻まできたところで引っ越し、親がおそらくは無精から転居の手続きも何もしなかったらしくて、それ以降の巻はもっていなかったのだが、数年前に思い立ってヤフーオークションで少しずつ全巻そろえて大事にしまっている。

ロシアの宇宙開発については、その図鑑で覚えたことがほとんどすべてかもしれない。元々、日本では、一般向けの啓蒙書みたいなのばかりで宇宙開発に関する専門書籍はあまり多くないのだが、ロシアの宇宙開発となったらもっと少ないのではないだろうか。本書は、その数少ない貴重な文献になることは間違いない。豊富な資料、取材に裏付けられた長年に渡る著者の研究の集大成であり、我が国において宇宙開発同様に手薄な技術史に関する文献としてこれほど気合いの入った書物は例外的なのではないかと思う。宇宙開発の歴史に関心がある人だけではなく、国家主導の技術開発のあり方や大規模技術開発に関する参考資料として、あるいは、ロシアの歴史に関する資料としても価値がある。そうしたものに関心がない人でも読むといろいろと面白いことがあるのではないかと思う。本書は、国家管理の巨大技術というものがどのような運命をたどるのかについてひとつの貴重なサンプルとしても重要な文献と考えられるからだ。少なくとも、僕個人としては、最近読んだものの中では飛び抜けて面白かった。

ところで、技術開発史をまとめるのは、科学史をまとめるのよりもやっかいなのではないかと思う。科学と違って、技術は企業や国家機密に類する扱いを受けるものも多く、特に宇宙開発は常に兵器開発と裏表の関係にある。東西冷戦時代には、宇宙開発も東西の競争下にあったし、東側の状況についてはなかなか伺い知れぬ状況が続いていたはずだ。本書でも、当時のソビエト連邦における宇宙開発の徹底した秘密主義が述べられている。失敗が公表されず、関与した技術者も秘密にされる(当のロシア人技術者が、アメリカのオープンな開発の進め方をうらやむ姿が紹介されているところがあるほど)。しかし、本書を読んで驚くのは、そうした状況が完全に過去のものとなったらしいことだ。スターリン時代の大テロルの嵐の中で如何に多くの技術者たちが逮捕され、強制労働させられたり銃殺させられたりしてきたかも史料に基づいて叙述されているくらいで、本筋の開発に関する叙述については、この手の研究や開発プロジェクトに少しでも関係したことがあるものには、おおよそ状況が想像できるくらいの資料が提供されているといっていいと思う。思えば遠くに来たものである。

第Ⅰ部は気球に始まるロケット開発史の前史から概ね第二次世界大戦まで。よし知られているツィオルコフスキーだけでなく、ツァンデル、コンドラチェクなどのパイオニアがその業績とともに丁寧に紹介されている。後のアメリカに先駆けて実現した人工衛星や有人宇宙飛行における主要人物コロリョフやグルシコも登場し、ロシア革命後、スターリン時代の大テロルで逮捕されてしまうあたりの狂気は『収容時群島』などでよく知られたものだと思うが、技術者に起きていることとして自分に引き寄せて考えると背筋が凍る気がする。また、ロシアのロケット開発の原点は、ドイツのA-4(いわゆるV2)ロケットであることも非常によくわかる。ドイツからつれてこられた技術者も当初活躍したようなのだが、ロシア人が技術を習得した後は用済みとなっていく過程は、韓国企業に移籍した日本人技術者の状況を思い起こさせるものがある。ちなみに、子供の頃、ロケットというと挿絵などで描かれていたロケットのイメージはほぼV2で完成している。ロシアに限らず、世界中のロケットの起源はここにある。

第Ⅱ部は、そのV2技術の習得に始まり自主開発が軌道にのるまで。今ではよく知られるようになったバイコヌール宇宙基地もこのころにできている。宇宙開発は、おそらくは米国との関係からスターリンとフルシチョフは熱心に後押ししている。スターリンは、核ミサイルの実現についての開発も指示していて、現在のロシアの宇宙ロケットはそのミサイルの転用なのだが、ロケット開発の起源はロケット弾にあり、ソビエト国内での宇宙開発は常に軍事と一体的な枠組みの中で行われて来たことは覚えておくとよいと思う。米国のNASAは、軍事開発は行わないが、DoDやNASAの契約企業はボーイングやロッキード・マーチン、グラマンなどで共通である。使う技術も似たり寄ったりなのだから当然とはいえ、背中合わせで仕切られている米国よりも、その融合度合いは高い気がする。

第Ⅲ部は、スプートニクからヴォストーク、ヴォスホートの有人飛行あたりまで。もちろん、それ以後もロシアには宇宙開発はあるわけだが、概ね、前述のコロリョフの死去くらいまでを叙述して筆者は筆をおいている。これは、第二次大戦後のドイツの技術の吸収から始まったロシアにおける宇宙開発の歴史を描くところに本書の目的があったからだ。

本書から紹介したいことは山ほどあるのだが、いくつかを。

(1)ソユーズの起源は、1950年代の長距離ミサイル
 上にも書いたように、ソ連のロケット開発はV2の技術の導入に始まり、長距離ミサイルを開発することから本格的に始まっている。長距離ミサイルは、航空機で運んで投下する核爆弾よりも確実性の高い核弾頭の輸送手段として構想されているのだが、これを宇宙用に転用したR-7と呼ばれるロケットがソユーズだ。ロシアの宇宙技術の著しい特徴のひとつは、相当に古いものが現役で用いられている所で、ソユーズはいまだに使われているが、その基本技術はこの頃に開発されてから改良され続けて今に至っているのだ。ソユーズは、スカートをはいたような特徴的な形状をしているが、あれはブースタである。R-7は、そのブースタを取り付けた構造をしている。R-7の基本構想は1954年に承認され、開発政令が出されている。基本的な計画は同年中に完成、1957-1958年に設計確認のための発射試験が行われ、1957年8月の打ち上げで初めて成功している。今は、2013年、56年もたっているのにソユーズはまだ現役。

(2)ガガーリンの着陸点の謎
 ガガーリンの乗船したヴォストークは、帰還の時には、乗員はカタパルトで放出されて帰還する機体とは別にパラシュートで降りて来る形だった。これは、しばらくのあいだ続いたのだそうだ。宇宙からの帰還というと、耐熱性の機体に守られてパラシュートで降りて来る光景が眼に浮かぶが、その形になるまで時間を要した。ところが、アメリカではそのような形で戻って来ることを成功と呼ばないのだそうで、そのため、このことは長く秘密にされてきたのだという。ガガーリンがどこに降りたのかについてはそのため諸説あるということだが、抄訳されているガガーリン自身の報告によるとどこかの畑とのこと。

(3)ライカ犬
 スプートニク2号で宇宙を初めてとんだ犬として有名な犬である。候補の中から選ばれたのは性質がおとなしくて、狭いケージでもあばれないなど性格のよさがあったらしい。本書では、7日間生きたが船内の温度上昇で死亡したとされている。元々、帰還を前提としていない機体のため、船体は大気圏で燃え尽きてしまっている。生体の情報はテレメトリ(観測対象から離れた地点から様々な観測を行い、そのデータを取得する技術)情報として取得されていたので、反応がなくなった時点は分かったのではないかと思うが、このWEB記事によると実は打ち上げ後すぐに死んでいたのではないかということ。出典をたどる余裕が無いので関心がある方は調べてみてください。本書では、このスプートニクは二ヶ月で完成したという記述があるが、このWEB記事はそれも誤訳からの情報としている。本書は、基本的にロシアの文献に依拠して書かれているようなのだが、前述した秘密主義や虚偽の発表が普通だった旧ソ連の状況も考えると、本書にも今後多くの訂正が必要となることは注意しておく必要がある。それにしても愛犬家としては、ちょっとこの実験だけは許せない。その後もソ連では犬を使った実験を繰り返しているのだが、ヴォストークの開発段階で初めて犬の生還に成功したのは、1966年のベルカとストレルカの二頭の時。

(4)テレシコワ
 初の女性宇宙飛行士だが、指示に従わない、文句を言う、地上に戻ると泣いてばかりいて要領を得ないみたいなことがあって、ロシアではしばらく女性宇宙飛行士は使わないことになったらしい。宇宙飛行士は、主として軍隊から選ばれていて、帰還後は地位、名誉、収入が約束されるので人気の職業だったようだが、現在の宇宙開発でもそうであるように、搭乗員の選別は厳しく行われている。健康は前提、知識、協調性、言語、性格、等々の選別基準のなかで当時は性別があったということだ。むしろそれがロシアで、しかもテレシコワが原因だったというのは少し意外。

最後に、著者が、ロシアの宇宙開発では有人飛行が抵抗無く受け入れられているが、それにはロシア特有のコスミズムが背景としてあるのではないかと最後のところで書いている。面白いのでちょっと引用しておこう。

 コスミズムは、「すべての生物の宇宙的・全的統一をその研究の中心に据えた哲学的・宗教的思潮の総体」とロシアの百科事典では説明されているが、その背後には、神と人との一体化を説くロシア正教がある。ニコライ・フョードロフの影響も受けたウラジーミル・セルゲーエヴィッチ・ソロヴィヨフという一九世紀後半に生きた思想家(哲学者、詩人)り唱えた「全人類と宇宙を分けることのできない完全性としてとらえる生命と存在の概念」がコスミズムの哲学的基礎を作ったと言われているが、ソロヴィヨフは、物質文化と精神文化の統合を、段階を経ての人類の道徳的進化とその結果としての神と人との全的統一に求め、その段階の中に、人間が宇宙に広がってゆくことが含まれていた。そして、二〇世紀になって、ウラジーミル・イワノヴィッチ・ヴェルナツキーという広範な分野で活躍した学者が、独自の科学理論に基づく宇宙観で、コスミズムを理論的にさらに強化している。コスミズムは、ロシアの文化的状況、風土、宗教(ロシア正教)などが生んだロシア独自の思想で、表立っては出てこないが、ロシアの宇宙活動の底流に無視できない存在としてあるのではないかと思われる。(p.465)

【注意】

僕が読んだのは、2012年8月発行のものだが、東京大学出版会のWEBサイトに「お詫びとお知らせ」が掲載されている。2012年2月刊のものは注意が必要。

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